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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)690号 判決

大阪市阿倍野区昭和町一丁目二一番一七号

原告

保田孝文

右訴訟代理人弁護士

佐々木猛也

ほか七名

右訴訟復代理人弁護士

津留崎直美

大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇番二九号

被告

阿倍野税務署長

後藤兼道

大阪市東区大手前之町

被告

大阪国税局長

徳田博美

東京都千代田区霞ヶ関

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右被告三名訴訟代理人弁護士

福田玄祥

右訴訟復代理人弁護士

益田哲生

右被告三名指定代理人

麻田正勝

勝谷雅良

右被告署長、同局長指定代理人

中村鉄

上野旭

辻貞夫

主文

一  被告阿倍野税務署長が原告に対し昭和四一年七月二五日付でした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を金五三〇、五〇〇円とする更正処分のうち、金五〇五、二六七円を超える部分を取消す。

二  原告の被告阿倍野税務署長に対するその余の請求ならびに被告大阪国税局長および被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告阿倍野税務署長との間においては、原告に生じた費用の五分の一を同被告の負担、その余は各自の負担とし、原告と被告大阪国税局長および被告国との間においては、原告の負担とする。

事実

一  申立

1  請求の趣旨

(一)  被告署長が原告に対し昭和四一年七月二五日付でした、原告の昭和四〇年分所得税についての更正処分を取消す。

(二)  被告局長が原告に対し昭和四三年四月三日付でした裁決を取消す。

(三)  被告国は原告に対し金五万円およびこれに対する昭和四三年七月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および(三)につき仮執行宣言を求める。

2  被告らの答弁

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決および仮執行免脱宣言を求める。

二  主張

1  請求原因

(一)  原告はタイル施行業を営む者であるが、被告署長に対し原告の昭和四〇年分所得税につき総所得金額を金三三七、五〇〇円とする確定申告(白色)をしたところ、被告署長は昭和四一年七月二五日付で、原告の総所得金額を金五三〇、五〇〇円とする更正処分をした。原告はこれを不服として被告署長に異議申立をしたが、棄却されたので、さらに同年一二月六日被告局長に審査請求をしたが、同被告は昭和四三年四月三日付で審査請求棄却の裁決をした。

(二)  被告署長の更正処分にはつぎの違法がある。

(1) 原告の昭和四〇年分の総所得金額は確定申告のとおりであり、本件更正処分は原告の所得を過大に認定している。

(2) 本件更正処分の通知書は理由の記載が全く不十分である。

(3) 本件更正処分は、原告の生活と営業を不当に妨害するような方法による調査にもとづくものであり、正当な調査手続を履践せず、かつ原告が民主商工会員である故をもって他の納税者と差別し、民主商工会の弱体化を企図してなされたものである。

(三)  被告局長は原告の審査請求に対し速やかに裁決をすべきであり、またそれができたのに、故意にこれを遅延させ、一年四か月も放置して、原告の速やかに行政救済を受ける権利を違法に侵害した。またその間被告署長は、本件更正処分にもとずき原告の電話加入権を差押えて、長期間にわたり財産の利用を困難ならしめた。原告はこれらにより有形無形の損害を蒙ったが、これを慰籍するに足る金額は少なくとも五万円を下らない。

(四)  よって原告は本件更正処分および裁決の取消を求め、あわせて国家賠償法一条により被告国に対し金五万円とこれに対する右不法行為の後である昭和四三年七月一三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告らの認否

請求原因(一)を認め、(二)(三)を争う。

3  被告署長の主張

(一)  原告の昭和四〇年分の所得は、別紙所得計算表A欄記載のとおりである。

(二)  右のうち収入金額および一般経費は推計による金額である。

(1) 推計の必要性

原告は、被告署長の調査に際し、その営業に関する帳簿類を備え付けていないと申し立て、また証拠書類についてもこれを保存していないといって提示せず、調査のための質問に対しても十分な応答をしなかったので、収入および一般経費の実額を把握することができず、推計によりこれを算定する必要があった。

(2) 収入金額について

原告の材料仕入高七五四、四五三円のうち八〇%はモザイクタイルであり、これを使用した工事による収入のうちに占める材料費の割合は三五%であるから、モザイクタイルを使用した工事収入は一、七二四、四六二円となる。材料仕入高のうち残りの二〇%はモザイクタイル以外のタイルで、これを使用した工事による収入のうちに占める材料費の割合は四五%であるから、モザイクタイル以外のタイルを使用した工事収入は三三五、三一三円となる。

(3) 一般経費

材料仕入高および一般経費は収入金額の六二%と認めるべきである。よって収入金額二、〇五九、七七五円の六二%一、二七七、〇六一円から材料仕入高七五四、四五三円を差引くと、一般経費は五二二、六〇八円となる。

4  被告署長の主張に対する原告の答弁

(一)  別紙所得計算表A欄記載の金額に対する原告の認否および主張額は同表B欄記載のとおりである。

(二)  被告署長主張の推計について

(1) 原告が帳簿書類を提示しなかったことは認める。

(2) 収入金額に関する主張事実は否認する。モザイクタイルとそれ以外のタイル(そのほとんどは三六タイル)の材料仕入高中に占める割合は、前者が二〇%、後者が八〇%である。また仕入れた材料からは一定割合の使用不能分(これを「ソツ」という)が出ることを計算に入れなければならず、被告署長の主張する推計はとうてい合理的なものとはいえない。

原告主張の収入金額はつぎのようにして算出したものである。材料仕入高についての被告署長の主張額をそのまま認めるわけではないが、一応その額を前提とし、その中から「ソツ」の分六万円(一日の稼働につき二〇〇円の「ソツ」が出るものとし、年間稼動日数三〇〇日として計算した)を差引くと、実際に使用される材料の原価は六九四、四五三円となり、これをモザイクタイルと三六タイルに二対八の割合で振り分けると、前者は一三八、八九一円、後者は五五五、五六二円となる。モザイクタイルは主に一尺角で仕入単価は七〇円であり、一〇枚で一平方米の工事ができ、三六タイルは三寸六分角で仕入単価は八円であり、八〇枚で一平方米の工事ができる。したがって以上によれば、本件係争中において、モザイクタイルにより一九八・四一平方米、三六タイルにより八六八・〇七平方米の工事が行なわれた計算になる。そして一平方米当りの手間賃はモザイクタイル、三六タイルともに大体一、〇二五円ぐらいであり、これに材料原価を加えた額を工事依頼主に請求し、収入として計上するのであるから、収入金額はモザイクタイル分が三四二、二五七円、三六タイル分が一、四四五、三三六円となる。

(3) 一般経費は一か月当り少なくとも三万円で、年間三六万円である。

理由

一  請求原因(一)の事実(本件更正処分と不服審査)は、当事者間に争いがない。

二  原告の総所得金額について

1  原告が被告署長の原告に対する昭和四〇年分所得調査に際し帳簿書類を提示しなかったことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一、第二号証によれば、原告は当時その営業に関して帳簿をつけず、原始記録も保存していなかったことが認められる。そうすると、本件係争年における原告の所得の実額を把握できる資料がないから、推計によりこれを算定する必要があるといわなければならない。

2  収入金額

原告の昭和四〇年中における材料(タイル)仕入高は、後記3で認定するとおり合計七五四、四五三円である。そして原告本人尋問の結果によると、原告の営業上使用するタイルはモザイクタイル(主として土間用で小片を一尺角の台紙に貼ったもの)と三六タイル(主として壁用で三寸六分角のもの)で、その仕入金額中に占める割合はおおむね前者二対後者八であったと認められる(前顕乙第一号証には、モザイクタイルが八〇%を占めるという全く正反対の原告の供述記載があり、これと本訴における原告本人の供述といずれが正しいか問題がないわけではないが、原告は甲第二号証(伊奈ポリバスのパンフレット)をもって、タイル施工の浴室の場合モザイクタイルよりも三六タイルの使用割合が大きいことを立証するのに対し、被告署長は乙第一号証の供述記載を積極的に裏付けるような資料を何も提出しないことなどに照らし、本訴における原告本人の供述の方が真実に合致するものと認める)。つぎに右乙第一号証によれば、原告のタイル施工による工事収入のうちに材料費(タイル原価)の占める割合は、モザイクタイルを使用する工事の場合は約三五%、三六タイルを使用する工事の場合は約四五%であると認められる(原告の主張する「ソツ」はこの原価割合の中に組込まれているものと解される)。そうすると、モザイクタイルおよび三六タイルによる工事収入は、別紙末尾記載の算式により、それぞれ四三一、一一六円および一、三四一、二四九円で、合計一、七七二、三六五円となる。もっとも、これは原告の主張額一、七八七、五九三円より下まわる金額である。しかし原告の右主張額は、原告が被告署長主張の材料仕入高を争いつつも一応その額を前提とし、被告署長の主張する方法とは異なる独自の計算方法によって求めた額をいわば仮定的に陳述したものであって、原告がその主張額の範囲で収入額を確定的に自白しているとはいいがたいから、原告の主張額に拘わらず、それを下まわる前記算出額をもって原告の収入金額と認める。

3  材料仕入高

成立に争いのない乙第三号証、証人船越新右衛門の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証、官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分は右証言により真正に成立したと認められる乙第五号証の一、二ならびに右証人の証言によれば、原告は昭和四〇年中に株式会社後藤タイル店から、安井繁雄名義で二二六、五九四円、石川名義で二一二、四〇二円、保田タイル店名義で八三、〇〇三円、計五二一、九九九円のタイルを、また正和商事株式会社から二三二、四五四円のタイルをそれぞれ仕入れていることが認められる。したがって仕入高は合計七五四、四五三円である。

4  一般経費

前記乙第二号証によれば、原告方における一般経費は収入金額の約二〇%であると認められる。そこで前記2で認定した収入金額一、七七二、三六五円の二〇%にあたる三五四、四七三円を一般経費と認める。

5  雇人費

原告の弟保田幸司の分四二、〇〇〇円については当事者間に争いがない。

原告はこのほかに見習職人畠山和豊の分一八〇、〇〇〇円を主張する。しかし、前記乙第一、第二号証により明らかなように、原告は本件更正処分についての審査請求の段階で、その審理を担当した大阪国税局の船越協議官の質問に対し、畠山を雇っていたのは開業当初の昭和三七年頃の約三か月間だけである旨応答しているのであって、これに反する原告本人の本訴における供述はあいまいな部分が多く、右乙号各証に照らしにわかに信用しがたい。なお、成立に争いのない甲第一号証によれば、畠山は昭和三七年七月原告の世帯に同居者として転入し、昭和四六年一月に転出を届出ていることが認められるが、原告本人尋問の結果によると、畠山は原告方から離職して立ち退いたのち長期間にわたり転出の届出をしないで放置していたことがうかがわれるから、右甲号証も前記認定を左右するに足りない。よって畠山和豊分はこれを容認することができない。

6  建物減価償却費および事業専従者控除額については当事者間に争いがない。

7  そうすると、原告の昭和四〇年分総所得金額(事業所得の金額)は別紙所得計算表C欄記載のとおり金五〇五、二六七円となり、被告署長のした本件更正処分は右金額を超える限度で違法といわなければならない。

三  更正の手続的違法の主張について

1  原告は本件更正通知書の理由の記載が不十分であると主張するが、原告が白色申告者であることは当事者間に争いがなく、白色申告者に対しては更正の理由付記は法律上要求されていないから、右は何ら違法事由とはならない。

2  調査の違法および差別的取扱、他事考慮の主張については、これを認めるべき証拠がない。

四  裁決取消請求について

被告局長の裁決については、裁決固有の違法事由につき何らの主張もないから、裁決取消請求は理由がない。

五  国家賠償請求について

原告が昭和四一年一二月六日に審査請求をし、被告局長が昭和四三年四月三日付で審査請求棄却の裁決をしたことは当事者間に争いがなく、この事実によれば審査請求から裁決までの期間は約一年四か月であるが、被告局長が同種事案を大量に処理しなければならない実情にあったことを考慮すると、この程度の期間を要したからといって直ちに、原告の速やかに行政救済を受ける権利が侵害されたとはいいがたい。

また、本件更正処分にはさきに認定したように一部所得誤認の違法があるが、大部分は適法として維持されるのであって、その適法とされる部分につき被告署長が租税徴収のために原告の財産を差押えることは、必要な限度を超えないかぎり適法な行為であり、本件においてこれを違法とする事由は見当らない。

よって国家賠償請求も理由がない。

六  以上説示したところにより、原告の更正処分取消請求は総所得金額五〇五、二六七円を超える部分につき理由があるものとしてこれを認容し、その余は失当として棄却し、裁決取消請求および国家賠償請求はいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥村正策 裁判官 藤井正雄 裁判官 山崎恒)

所得計算表

〈省略〉

(注) 計算式

754,453×0.2÷0.35=431,116円(モザイクタイルによる工事収入)

754,453×0.8÷0.45=1,341,249円(その他のタイルによる工事収入)

431,116円+1,341,249円=1,772,365円

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